ターコイズの領域へ〜それ、本当に自分の選択!?〜






「理由はよくわからないけれど使いたい」

「使っていると調子が良い気がする!」

一年間、ボトルを使い続けた旦那様の感想。

オーラソーマの世界にどっぷりハマっているわたしの影響!?か

いつの間にか、オーラソーマ男子になってた!(爆)


影響は大きいことは否めないけれど ボトルを使い始めてからの

何となく良い感じがする、という感覚。

理由はわからない、説明もできないけれど・・・

これが

自分の感覚を信頼することの第一歩なのではないかと思う。


おそらくボトルを使うことで

欠けていたエネルギーの補充をしてくれているのでは?と推察する。

エネルギーがフルの状態を知ってしまうと、

枯渇状態にはなかなか戻りたくないもの。


一年継続した結果、なんとなく良い感じの状態から

導き出された答えがありました。

自分の好きなものがわからない

( ゜Д゜;)!?

衝撃的でした!



例えば、

家族で外食に行こう、となった場合。


「何が食べたい?」

「うーーーーん、なんでもいいよ」

「でも、何かあるでしょ?」

「食べたいものに合わせるよ!」


こんなやり取りのあと、中華屋さんに行ったとします。

何となく、向かっている間にメニューが浮かぶので

「ヨシ、タンメンにしよう!」

そう決めたとします。


しかし、

席について店員さんが来てから

メニューを見て、またしばし悩むのです。

「あー、何がいいのか迷って決められない」

この流れ、空腹時は喧嘩の元(笑)

(よくあります・・・)


そんな時に、

「麺と一緒にご飯も少し食べたいなぁ」とポロっと言ったとすると

「いいよ、チャーハンにしてあげる!」

あれ??

タンメンはいいのか!?

好きなもの、食べれないよ???

「いいよ、なんでもいいから」

・・・・


これ、わが家でよくあるやり取り。


とにかく、わが家のオーラソーマ男子はずーーーーっと、

ターコイズ祭りでした。

一番好んで使っていたのは、ターコイズレスキュー/B107大天使ツァフキエル。

何本もおかわりして使っていました。


そのおかげで見えてきたのが意外と自分のこと知らない!ってことでした。


一年間使い続けた、旦那様のテーマは

ターコイズ。

ターコイズのテーマは「わたしは誰か?」


ターコイズが象徴するものは ハートから自由に、自分らしく表現していくこと

個性を活かして創造していくこと

自分の人生を自由に選択していくこと

自由な遊び心で表現していくこと

あたらしい時代、水瓶座の時代を象徴するものですが、


スピ系の記事でよく謳われている、ありのままで、とか自分らしく。


これってどういうこと??ってなる。


好きにしていいよ、自分らしくね、って言われれば言われるほど

詰まってしまう人って意外と多いのでは? はい、わたしもよくわからない人(知った気になっていた人)でした。 自分のスキ・キライさえ、本当に自分の意見なのか?

意外と外側から刷り込まれてるものの方が多い。

自由に生きる、人生をクリエイトするって、=自分自身が責任をもって選択していくこと。

自分を生きているようで、実のところ、何かに責任転嫁したまま生きている人、多いんじゃないかなって思う。


知っている気になったまま、まったく疑うこともなく、容易に他人の意図に沿って、人生の舵取りを他人に任せてしまっている、ということなのでしょう。


わたしたちは

育ってきた環境や、親や家族、属しているコミュニティ、

社会の風潮、その他様々な要素が重なって影響を受け

「~でなければならない」「~であるべき」「ふつうは~だよね」

そんな思い込みの枠を植え付けられています。

この思い込みの枠を外す作業は、

本来の居心地の良い自分、寛いでいる自分を知ることが必須なのですが

この寛ぐことが意外と難しい。


好きなものを与えることから始めるのがオススメなのですが

本当に好きなものが何かわからないと

それも難しいのです・・・

自分が好きだと感じているもの
これがあればくつろげるもの、場所、こと

パッと思い浮かぶかどうか? それらを感じる力、自分の感覚、欲求だと感じているもの、

実は、外側や他人からの刷り込みかもしれない。

まずはそこに気が付くこと!

本当に?わたしの本心か??と、まず疑ってみる。

ってことが大切かも。

オーラソーマでは、

110数本のボトルの中から、自分が心から惹かれるボトルを選びだす。

自分で選んだボトルを、自ら自分に与えることをしていく。(体に塗っていく)

本来の自分の感覚を呼び覚ますために、シンプルで効果的な手段だなって思う。




わたし自身も最初はターコイズばかり選んでいました。

自分が何を欲しくて、何が喜びなのか、よくわからない着ぐるみ時代が長かった。

でもこれ、

誰かに指摘されても、本人が腑に落ちないと意味がないわけで。

時間はかかったけれど、

この内側から気づく作業は、何にも代えがたい体験だったと思う。

継続してきたからこそ、見えてきた答え。

もちろん、チャーハンでもタンメンでも

空腹は満たされるんですけどねー。

本当に欲しかったものを手に入れたときの喜びを知ると、

もう嘘はつきたくないなって思う。



その選択は、本当に自分が心から欲しているものなのか?
誰かのための選択ではないか?
疑ってみることから始めてみてはどうでしょうか?
そして観察してみる。

この単純な繰り返しの中に、

本当に素晴らしいギフトが隠されていると思う。



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